― 時は平安時代 ―
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後撰和歌集に載っている有名な歌人、源 順 (みなもとのしたごう) が、宮中の月見の宴の席に招かれました。
この時、丸い白餅が茶菓子として供されたとのことです。
この形が、池の水面に浮かぶ満月と同じであったのを、 |
| 水の面に照る月なみを数ふれば今宵ぞ秋の最中なりける |
と、歌に詠んだのが 『最中の月』 と名付けられたと言われます。
※『最中の月』とは陰暦十五夜の満月(仲秋の名月)のことです。 |
| このときは、特定の菓子の名というわけではなく、丸い茶菓子の総称として使用されていたようです。 |
さて、その『最中』が今のような形になったのは江戸時代の事。
文化年間(1804〜1818)に、せんべい屋の、吉原仲ノ町・竹村伊勢が、丸い餡入りの種菓子を
『最中の月』 という名称で売りだしたのが最初と言われます。 |
現在、最中に丸以外の形があるのは、いわば茶人の好み。
家紋や土地の名物にちなんだ形、四角などがそうです。 |
| 最中は、和菓子を作り始めたばかりの人には簡単に作れそうに思われがちで、一時期、粗悪品が多々見うけられました。現代の「和菓子離れ」の原因の一つかもしれません。長年和菓子に携わっていると、シンプルなだけに、これほど奥が深く、最高の材料を要するお菓子はない。 と、気付くのですが・・・ |
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